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言葉

「俺ののものは俺のもの

お前のものも俺のもの」

 

これは、だれもがご存知、ジャイアンのセリフだ。

 

のび太が持っている、漫画やおもちゃを奪い取る時に、よく放つセリフだ。

確かに、ジャイアンは、のび太のものを奪い取るためという悪い意味で、この言葉を使っている。

 

しかし、わたしはそれだけだとは思わないのだ。

こう考えたらどうだろう。

「俺の幸せは俺のもの

お前の幸せも俺のもの」

だとか、

「俺の悲しみは俺のもの

お前の悲しみも俺のもの」

 

どちらも、〝もの〟という単語を、具体的なものに置き換えただけ。それなのに、それだけでだいぶ違ってくる。

つまり何事も、言い方だとか、捉え方で変わってくるのだ。

 

たとえば、人に何かを頼む時、上から目線で言ったとしたら、やってくれるだろうか。

よっぽど優しい人ではない限り、みなやりたくなくなるだろう。

 

それだけではない。

人が日常的に使う〝頑張れ〟という言葉。

多くの人が、『頑張って欲しい』という、応援の言葉だと取るだろうが、『まだまだ頑張りが足りないのだからちゃんとやって』とも取れる。

 

そう考えると、言葉は難しいなと思って、言葉を発することにも不安を感じ、ストレスを感じてしまうかもしれない。

 

でも、言葉がないとつまらない。

言葉があるから、数学の問題ができ、

言葉があるから、社会の歴史を学べ、

言葉があるから、音楽が生まれる

つまり言葉がないと、なにもなくなり面白くない。

 

そう考えたら、昔の言葉が全くなかった時代には、どのようにして生きていたのか、とても気になる。

世界史の勉強をしていて、初めて言葉ができた時を知って、その時はなにも感じなかったが、今思えばすごい文明だ。

 

しかし、今でも言葉は発達しているのであって、日々新しい言葉が生まれている。

今と50年前では、使っている言葉が大きく違っているだろう。

そう思うと、これから50年後の言葉が楽しみだ。もしかして、ロボットしか話していなかったり…?

 

言葉に隠された可能性は無限だな。